日本人観光客には知られていない、かつての日本官舎へ
近年、台湾では日本統治時代の建築に対する関心が高まっており、保存状態の良し悪しに関わらず、その残された史料や文献からは興味深いストーリーが浮かび上がってきます。今回はまだ日本人観光客にはほとんど知られていない、台北市の濟南路に残る「齊東詩舍」をご案内します。
路地に入ると周辺の雰囲気とは異なる懐かしい風情をもった日本式官舎が姿を現します。現在、台湾文学や詩歌などを愛する人々の活動拠点となっているこの場所は、2014年に修復を終えて「齊東詩舍」として台湾文化部によって一般解放されるようになりました。その歴史は古く、日本統治時代の1920〜1940年代にかけて旧幸町職務官舎として建てられ、第二次世界大戦後には空軍総司令官・王叔銘の邸宅として使用されていました。
官僚の宿舎として建てられた上品な木造家屋
敷地内は二棟の日本式建築と一棟の三階建て洋風建築で構成されており、各棟ともに当時の趣を残しながら、現在はイベント会場などとして活用されています。
大きな建物の様子から日本統治時代には多くの官僚が住んでいたと推定されます。また、その広い中庭は、白い石が敷き詰められていることで日本の枯山水のような雰囲気を醸し出しています。
先人の知恵が詰まった建物の構造
敷地の右手に建つのが主にイベント等に使用されている日本式官舎です。一部の家具の配置が変更にはなっていますが、その梁や柱の位置から当時の住まいの様子をうかがい知ることができます。
日本式ならではの庭に面した休息空間「縁側」もそのまま現存。中央部は元々フラットな畳でしたが、現在は折り畳み式の鑑賞席で囲んだ凹型のイベントスペースに生まれ変わりました。
見学者に日本建築の屋根と梁の仕組みを知ってもらうため、管理団体が特別に天井を開き電灯をつけています。さらに細かい部分としては、当時使用されていた電線や碍子(がいし)までもが復元されています。初期の電線は現代のような壁の中に埋められる形ではなく、天井に露わになる形で縦横上下と設置されていました。
展示スペースでは当時の技術を使って復元された白壁を見ることができます。おそらく漆喰と竹で構成された壁だったのでしょう。また、畳近くに目を向けると、下部に湿度を逃がすための換気用小窓と、柱を支える赤レンガが残っていました。
日本式建築ではありますが、表玄関の床は小さなタイルで形成されています。色合いからみると1960年代に台湾で流行したものなので、のちに敷かれたものと推測できます。
屋根瓦においては一部の複製を除き、ほぼ当時のまま残されています。雨や直射日光を避けるために外壁に設置された木製の庇(ひさし)は、まさに日本式建築の特徴と言えるでしょう。
当時の暮らしぶりに思いを馳せる
表玄関を右に進むと応接室があります。かつて客人を接待するのに使用されたこの部屋では、官舎が修復されたときに交換された梁・柱・鬼瓦などの資材展示や、戦後に主となった王叔銘の生前の紹介がされています。
斜陽に照らされる応接室内は、この特別に誂えた八角形の窓が印象的。100年ほど前に日本人官僚たちもこの窓から街を眺めていたと思うと感慨深いものがあります。
暑い夏の季節には、この長く美しい縁側で官僚たちが涼んでいたのではないでしょうか。建物の北側にある広さ六畳ほどの寝室では、現在、台湾の詩歌の歴史が展示されていました。
廊下は現代のように広い造りではありません。居間は建物内で最も広いスペースとなりますが、上部は全て通気のために欄間を取り入れた設計になっているのが特徴的です。
「齊東詩舍」の周辺は、台湾の高度成長期を牽引した元行政院長・孫運璿をはじめ、多くの尊敬を集めた政治家たちが住んでいたことから「官巷」と呼ばれたエリア。現在は文芸好きの人々の憩いの場「臺灣文學基地」として新たに注目されています。
【齊東詩舍】 住所:台北市中正區濟南路二段25號・27號 開館時間:10:00 ~ 17:00 定休日:月曜日 電話番号:02-2327-9657 最寄り駅:忠孝新生駅 Facebook:https://www.facebook.com/QidongPoetrySalon/
出典:遊譜YOUPUT
Youputライター/Jack