台湾中部の台中は、12月でも鋭い陽光を放ち、木の葉が日光を反射し鮮やかな緑を見せていた。
台中から山を登ったところにある軍事基地「成功嶺」の講堂に坊主頭の青年たちが集められていた。吹き込む風がドアを激しく叩きつけ、枯れ葉や砂が容赦なく講堂に吹き込む。輝かしい陽射しに対し、そこだけが冬であることを物語っていた。
「ここで検査着に着替えろ!3分以内だ!」
講堂の席で、カーキ色の制服に肩章を輝かせた分隊長の怒号が飛んだ。
坊主頭の青年たちは席に私服を脱ぎ、水色の検査着に着替える。
「早くしろ!」
分隊長から追加の怒号が飛んだが、皆黙々と着替えを進めている。
演壇の上に仮囲いがされ、臨時の身体検査場となっている。
着替えが終わると番号順に並ばされ、身体検査を受ける。
「6人ずつ壇上に上がって検査を受けろ!」
その命令を受け、カーテンで仕切られた検査場に登る。
「検査場に入ったら検査着を脱げ」
陸軍のオリーブグリーン制服を着た検査官が命令を下した。
青年たちは、羽織っただけの検査着を脱ぐと下着だけになる。
「下着も脱ぐんだ」
追加の命令が下った。
————なぜ。
黙々と従っていた青年たちの動きが止まった。声にならない疑問が広がった。
「性病と男性であることを確認するためだ、急げ!」
そんな空気を察知したのか、検査官の怒号が飛び、やっと青年たちは諦めたように動き出し、全裸になった。
検査場はひとりずつ仕切りをされているが、カーテンの布がボロボロでところどころ裂け目ができていた。私のところから横を向くとふと隙間からわずかに太ももが覗いた。
目を逸らすために正面を向くと、講堂正面の青天白日旗と国父孫文の写真が目に入った。
それは私が、中学校以降、毎週水曜日の全校集会で敬礼をし、忠誠を誓い続けてきた、台湾の象徴でもあった。
その祖国が今、自分たちを全裸にし、家畜でも並べるように、一列に並ばせている……その事実が頭をよぎったが、いたたまれなくなり、考えるのをやめた。
壇上を降りると、他の同期と顔を合わせた。
皆一様に、意図的に目の焦点を合わせないようにしているようだった。
自分の目の前に起きていることに焦点を合わせ、まともに受け取ってしまうと、急に惨めさが心に襲ってくるので、自らを目の前の命令に盲目に従うロボットにすることで、自分を守っているのだ。そんな保身術をこの短時間のうちに身につけてしまっていた。
「ちくしょうなんてことだ、アソコなんて今まで彼女以外に見せたこともないのにようぅ」
前で誰かが周囲の軍人を気にかけつつ、つぶやいた。すると別の者がすかさず返す。
「それならもうすでにかなりの数に見せたことになるじゃないか、国父1人増えたぐらいどうってことないだろ」
沈黙を破って、笑い声が広がる。
緊張と緩和。ここでは惨めさを笑い飛ばすことも生存戦略なのだ。
「そこ、しゃべるな!!」
空気がくだけたのも束の間、怒声で現実に引き戻される。
これは、台湾の兵役のワンシーンである。
本編は、台湾の国籍を持つ筆者が台湾総統選の直前、2023年12月より台湾の兵役(代替役)に就くことになったので、その体験をここにまとめる。
【第1章】の記事はこちらをクリック
●台湾の兵役制度について
台湾の軍と兵役制度
代替役制度
徴兵~服役までの流れ
【第2章】の記事はこちらをクリック
●代替役基礎訓練(成功嶺)
基礎訓練とは
基礎訓練一日目 ~成功嶺の一番長い日~
成功嶺での“生活”
成功嶺での“衣”
成功嶺での“食”
成功嶺での“住”
一日のスケジュール
訓練科目
成功嶺の“娯楽”
【第3章】10月4日公開予定
●兵役の生き抜き方
『兵役にはあらゆる人がいる』
『最下位にはなるな、一位にもなるな』
命令の裏を読め
成功嶺に持って行ってよかった物2選
●成功嶺を去る日
●後日談:配属後
●終わりに
【第2章】の記事を読む
記事執筆: げん
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