台北の南側にある国立中正紀念堂(以下、中正紀念堂)は、日本人にも有名な観光スポットです。台湾国旗の晴天白日をイメージした、白い壁と青い瓦の建築物は、晴れの日なら青空によく映えます。
また、その中でも特に人気なのが、衛兵の交代式で、軍の制服に身を包んだ兵士が一糸乱れぬ動きで交代の儀式は、日本ではあまり見ることのできないものとして、人気を集めております。
しかし、実は衛兵交代式は2024年の7月に廃止されています。ただ、儀仗隊のパフォーマンスを楽しむ方法がなくなったわけではありません。
今回は中正紀念堂の衛兵交代式について、また儀仗兵とはどういう人たちなのか、まとめました。
衛兵交代式は2024年7月15日に廃止
中正紀念堂の蒋介石像の左右には衛兵が立っており(立哨という)1時間ごとに衛兵の交代が行われていました。その一糸乱れぬ動きと勇ましさから、中正紀念堂の衛兵交代式は観光スポットとして親しまれてきました。
しかし、この衛兵交代式は2024年7月15日を最後に廃止され、これをもって1980年から始まる約44年の歴史に幕を閉じました。
廃止の理由について、台湾の国防省(國防部)と文化省(文化部)は「権威主義と個人崇拝の除去が目的」としています。実際、中正紀念堂の「中正」とは蒋介石のことで、彼の生誕90年を記念して建築が始まっているため、本来的には蒋介石に対する個人崇拝の意味合いが強い建物でもあります。
台湾では民主化以降、中正紀念堂前の広場が「自由広場」に改名されるなど、蒋介石の個人崇拝から脱却しようという動き(去蒋化)が進んでおり、今回の衛兵交代式の廃止もその一貫と考えられます。
儀仗隊の屋外行進として今も観覧可能
しかし、観光客がパフォーマンスを見る機会がなくなったかといえば、そうではありません。
中正紀念堂では儀仗隊の屋外行進としてパフォーマンスが継続されています。
具体的な変更点は下表の通りです。
衛兵交代式(〜2024年7月15日) |
儀仗隊の屋外行進(2024年7月16日〜) |
|
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衛兵の立哨 |
09:00~17:00の間、蒋介石像左右にて立哨 |
廃止 |
交代式 |
9:00、10:00、11:00、12:00、13:00、14:00、15:00、16:00、17:00 それぞれ約5分、立哨の交代式として実施 |
9:00、10:00、11:00、12:00、13:00、14:00、15:00、16:00、17:00 それぞれ約15分、屋外行進として実施 |
場所 |
中正紀念堂本堂内、蒋介石像前 |
中正紀念堂本堂外、大孝門/大忠門及び民主大道 |
上表にも場所が本堂内の屋内から屋外に変更になっていることには注意が必要です。儀仗隊は9:00、10:00、11:00、12:00、13:00、14:00、15:00、16:00、17:00 になると、それぞれ下図の❶と❷から出発し、❸の場所で合流。一連のパフォーマンスをし、控え室に戻ります。
儀仗隊は何軍?どんな人たち?
儀仗隊の所属
陸軍・海軍・空軍それぞれに儀仗隊があり、それらを総称して「三軍儀仗隊」と呼ばれます。
では、中正紀念堂の儀仗兵は何軍の所属なのでしょうか。
実は、6ヶ月ごとに陸海空軍で入れ替わっているのです。
正確には三軍儀仗隊は中正紀念堂の他に3ヶ所の守衛を任務にしており、それぞれ4ヶ月ごとに交代しています。
儀仗兵がそれぞれ陸海空軍どこに所属しているのかは、制服で区別がつきます。
一番区別がつきやすいのがシャツの色で、陸軍は緑、海軍は白のシャツもしくは詰襟の礼装、空軍は青のシャツをそれぞれ使っています。
また海軍だけ夏服と冬服で別れており、夏は純白の詰襟、冬は黒の開襟の上着を着ています。
他にもよくみると、白いヘルメットや黄色の飾緒(しょくしょ=左肩の飾りひも)など海軍だけの他とは違う特徴が多いことがわかります。
制服の他にも左肩につけているワッペンでも区別することができます。それぞれ陸軍は虎、海軍は錨、空軍は鷹が描かれたワッペンをつけています。
なお右肩につけているのは三軍儀仗隊全体の所属を示す部隊章で、これは陸海空全ての儀仗隊員がつけています。
現在どの軍の儀仗隊が中正紀念堂の守衛を担当しているかは、インターネット上で公開されていないので、行ってからのお楽しみにしてもいいかもしれませんね。
儀仗隊の装備
儀仗隊が持っている儀仗銃は、M1ガーランドという小銃です。 M1ガーランドは主に第二次世界大戦でアメリカ軍の主力小銃として広く使われていたもので、日本でも近年まで儀仗銃として使われていました。 銃剣を含めた長さは134.5cm、重さは約6.4kgで、小さめの米袋より重いです。 また銃の先端にある銃剣はかつては刃のついた真剣でした。 今は刃こそなくなったものの、鋭利な金属であることは変わらないので、パフォーマンス中に自分や他人に当たれば怪我をするものです。 先端に鋭利な金属がついた米袋より重いものを片手で持ったり、空中で回転させたりしていると考えれば、彼らのパフォーマンスがいかに大変かわかります。
儀仗隊はどんな人たち?
儀仗隊は軍隊の中でも人気の役職です。国防部によると儀仗隊の応募資格は以下の通りです。
年齢・身体的条件
・年齢:19歳から36歳までであること
・身長:176cm〜200cmまでであること
・BMI値:が19から28の間であること
・タトゥーや傷跡の面積が縦横5cm以内で、かつ半袖・半ズボン着用時に露出しないこと
・顔面の損傷(あざ、傷跡)、内反膝、扁平足、指の欠損などの明らかな身体的特徴がないこと
国籍・その他の条件
・中華民国(台湾)国籍を有し、外国籍を持っていないこと
・中国本土、香港、マカオからの来台者の場合、台湾での戸籍が20年以上あること
・懲役刑の判決を受けていないこと
・矯正教育、強制治療、観察、拘束、保安処分、保護観察などの処分を受けていないこと
これらの要件をクリアし、選考を通過した者から、1年間の厳しい訓練を経てはじめて儀仗隊として任命されます。
「三軍儀仗隊」として勤務にあたっている時間帯(通常朝9時から夕方5時)は国防部の指揮命令下にあり、それ以外の時間はそれぞれの軍に所属しています。
ちなみに給料は階級の基本給に加え、月5,000元(約24,000円)の儀仗隊手当があるそうです。(空軍儀仗隊の場合)
台湾の儀仗隊は国際的にも高い評価を得ており、毎年アメリカで行われる儀仗技術を競う世界大会、ワールド・ドリルチャンピオンシップ(World Drill Championship, WDC)にて、2018年に台湾代表の海軍儀仗隊の儀仗兵1名が4位に表彰されています。
観覧時の注意点
補助要員より内側に立ち入ってはいけない
儀仗隊のパフォーマンス中は必ず2名、儀仗隊の補助要員(便衣人員)がついています。
ゴルフバッグのような大きなバッグとトランシーバーを持っている人が周囲の警戒をしている人がいればそれが補助要員です。
観光客は観覧の際に彼らより内側に近づかないように注意してください。
なお、この補助要員は館のスタッフなどではなく、儀仗隊がそれぞれシフトで担当しているので、礼装をしている儀仗隊の同僚です。
れっきとしたエリート軍人であるだけではなく、場合によっては警棒・スタンガンで武装しており、小型レコーダーなども持っています。
悪いことは言わないので、変な気は起こさないようにしましょう。
実際、過去に中正紀念堂で赤い塗料を投げつけようと不審者が侵入したものの、補助要員と儀仗隊によってあっという間に制圧された事件も起きています。
時間に要注意
儀仗隊の屋外行進は、9:00、10:00、11:00、12:00、13:00、14:00、15:00、16:00、17:00のそれぞれ合計9回です。
以前であれば、交代式の時間以外でも守衛が立っていましたが、現在は屋外行進以外の時間は控え室にいるため、見ることができなくなりました。
また、屋外行進の時間は混雑が予想されるので、儀仗隊を見たい場合は、時間に余裕を持っていくようにしましょう。
雨天時は中止
以前の衛兵交代式は屋内でしたが、新しい儀仗隊の屋外行進は屋外なので、雨天時には中止となるので、観覧に行く際は、天候に注意しましょう。
最後に
最近、イギリスの近衛兵の馬に触れようとして、馬上の近衛兵に大声で怒鳴られてしまうショート動画が流行りました。
繊細な馬にとって重要な手綱に素人が手を触れるのはとても危険なことなのは当然ですが、近衛兵や儀仗兵は練度が高ければ高いほど立ち居振る舞いは機械的で、ともすれば人間より”モノ”に見えてしまうことが、この遠因にあるように感じています。
しかし、当然ながら彼らは機械ではなく人間です。前述した儀仗技術を競う世界大会、ワールド・ドリルチャンピオンシップ(World Drill Championship, WDC)で4位をとった海軍の儀仗兵。
彼は、蘇祈麟(スー・チーリン)という名で、大会直前はプレッシャーのあまり睡眠不足になったと言います。
また、家に帰れば一人の娘をもつ父親でもあります。
観覧の際には、ぜひ過酷な訓練を耐え抜いて儀仗隊となった”人”に最大限の敬意をもって観光を楽しんで欲しいと思います。
筆者プロフィール
げん
台湾を愛するあまり、台湾で兵役に行った男。
台北にて、台湾人の母親と日本人の父親の間に生まれる。
日本で小学校から中学校途中まで過ごしたのち、台湾花蓮で中学〜高校卒業までを過ごす。
2022年〜翌年まで台湾にて兵役に服する。
台湾の政治・経済・歴史・軍事などの分野で【手触りの台湾情報】の発信を続ける。